東北工業大学 情報通信工学科 中川研究室


火星探査機「のぞみ」磁場観測の研究成果




火星探査機「のぞみ」の磁場観測
---惑星間空間での太陽風磁場観測---

東北工業大学 情報通信工学科
中川朋子


火星のそばの「のぞみ」想像図
(c)ISAS
アンテナ、マスト伸展後の「のぞみ」。 画面左上隅が磁力計。

 1998年7月4日に打ち上げられた 日本初の 火星探査機 「のぞみ」には、 火星の微弱な磁場を調べるための磁力計MGFが搭載されています。 中川研究室は このMGFチームに 参加しています。

 この磁力計は、「のぞみ」が 火星軌道に投入された後に、 探査機本体からのノイズを避けるための 長いマストを伸展してから、 観測を開始するはずでした。

 けれども、最初のスイングバイ時の不具合による火星軌道への投入延期、さらに 未曾有の太陽フレアによる電源障害により、火星軌道への投入断念という 苦渋の決断がされ、ついにマストを伸展することはありませんでした。

 しかしながら、最初の投入延期の決断後、MGFチームは、マストをたたんだままで 太陽風磁場の観測を開始しました。

 以下に、当研究室が 学会等で発表した「のぞみ」磁場観測の成果のうち、 日本語で書かれたものを いくつか ご紹介します。 一般の読者向きに 書いたものでは ありませんが、 興味のある方のご参考になれば幸いです。

PLANET-B(のぞみ)

宇宙科学研究本部

「のぞみ」火星へのはるかな旅路[宇宙研物語]

のぞみが観測した磁場ベクトル
のぞみが観測した磁場ベクトルの例

搭載機器からの干渉ノイズの除去成功

 火星の 微弱な磁場を 観測するために 設計された 「のぞみ」の磁力計は、 惑星間空間の磁場を観測するにも 十分な性能を持っています。

 宇宙空間で磁場を測る際には、 探査機に搭載されている さまざまな機器からのノイズを避けるため、 探査機本体から長いマストを出して、 その先に磁気センサーを取り付けるのが普通です。

 「のぞみ」の場合は このマストが伸びていませんので、 磁気センサーは探査機本体の中に畳まれたままです。 この状態ですと、 当然、いろいろな搭載機器からのノイズが入ってしまいます。

 実際、観測対象の太陽風の磁場の強さが 約 5 ナノテスラなのに対し、 搭載機器からの干渉(ノイズ)は 400 ナノテスラもありました。

 一定の大きさの干渉であれば、 ノイズ成分の除去は 比較的簡単にできますが、 「のぞみ」の場合はさらに、自律機能を持つ衛星ゆえの 困難がありました。

 遠い火星に行っても 探査機の状態を 良好に保つため、 「のぞみ」には、自律機能が持たされています。 環境の変化に応じて、搭載機器のスイッチが 自動的に入ったり切れたりするわけです。

 各スイッチのオン、オフに応じて、 探査機内を流れる電流が変化するので、 発生するノイズも変化してしまいます。 オン、オフのタイミングは、 磁場計測ほど詳しくは記録されていません。 このようなノイズは、磁場観測から除去することが難しいのです。

 次の記事は、このような困難をクリアして得られたデータ について報告したものです。「のぞみ」の観測結果は 地球近傍の 他の探査機の観測と比較され、 品質の良い太陽風磁場データが得られたことが 確認されました。

「のぞみ」磁場観測に基づく惑星間空間磁場の構造解析2000年3月1日

 機器からの干渉成分は、その後さらに詳細に調べられ、 それぞれの機器が1日のうち何パーセントONになるか という確率をもとに、精度の向上が図られました。

 こうして得られた惑星間空間磁場を可視化した例を次に示します。

火星探査機「のぞみ」によって観測された惑星間空間磁場の例

関連資料

のぞみ衛星によって
観測された
太陽風磁場

1999年11月9日


惑星間空間を巡航中の太陽風磁場の観測

 地球付近を航行中の「のぞみ」は、 他の探査機と組み合わせることによって 多点観測が出来るという長所を持っています。

 特に1998-1999年は、日本や外国の打ち上げた他の探査機群が 太陽風の流れに沿った方向に「縦に」並んでいたのに対し、 火星軌道を目指す「のぞみ」だけが、 横に展開する軌道上にありました。

 これは太陽風の空間構造や構造のスケールを考える上で たいへん貴重な機会でした。


のぞみ衛星によって
観測された
太陽風磁場の
構造解析

2000年6月27日


 火星へ向かう軌道にのった後は、「のぞみ」は 地球からどんどん離れてゆきますので、 太陽風の磁場が距離とともに どのように移り変わっていくのか調べることができました。 また、太陽風中の大きなスケールの構造についても 調べる機会が得られました。
太陽磁気圏の
セクター境界と
平面状磁場構造の
関係

2002年5月27日


横向きに放出され初速度のわかっているCMEを惑星軌道の探査機で直接観測する

(c) Tomoko Nakagawa
惑星軌道上の「のぞみ」

CME(コロナル・マス・イジェクション)の観測

 惑星軌道上にある「のぞみ」は、 CME(コロナル・マス・イジェクション)の観測にも 威力を発揮します。

 CMEとは、 太陽から宇宙空間に噴出する 特別に濃いプラズマのかたまりです。 周囲の太陽風とは 速度、密度、磁場 が異なり、 地球へ達した時に 大きな磁気嵐を引き起こすことがあります。

 地球での磁場擾乱の予報のためには、CMEの地球への到達時間を知る必要があります。 そのためにはCMEの速度情報が不可欠です。

 初速度は、 地球に向かってくるCMEでは調べにくく、 真横に飛び出すCMEのほうが調べやすいものです。 そして、CMEの速度が、その後宇宙空間でどのように変わってゆくかを調べるには、 CMEが飛び出した先に探査機がいなくてはなりません。

 地球から遠く離れ惑星軌道上を巡航する「のぞみ」は 地球から見て太陽の東西に回り込むため、 地球から見て真横に飛び出す CMEを宇宙空間で直接観測し、 どんな初速度の太陽風が、宇宙空間でどんな速度に変わってゆくのか という貴重な情報を得ることができました。
地球から離れた経度における「のぞみ」太陽風磁場観測 2000年11月20日

2衛星によるCMEのモデルフィッティング
緑:「のぞみ」観測磁場、青:ACE観測磁場、赤:磁気ロープモデル

 また、CMEは惑星間空間に大きく広がってゆくため、 探査機1機で 観測しただけでは 全体構造が分かりません。

 地球のそばにはたくさんの人工衛星がいますが、 巨大なCMEを探査するには、どれも距離が近すぎました。

 地球から十分離れた「のぞみ」と、 地球近くのACEという衛星を組み合わせることによって、 CMEの磁場が曲がったロープのような3次元構造を持つことが分かりました。
「のぞみ」「ACE」磁場観測によるフラックスロープモデルの検証
2006年5月15日

2衛星観測によるCMEのトーラス型磁気ロープへのフィッティングの検証
2008年1月30日.



「のぞみ」磁場観測による発表論文リスト

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